信長が有名になった場所かつ心霊スポット、愛知県名古屋市と豊明市の桶狭間古戦場跡に訪れてみた
皆さんは大河ドラマ好きですか?
これまで織田信長は大河ドラマで何度も登場しました。
戦国時代を題材とした大河ドラマで最初で盛り上がるのは桶狭間の戦いだと思います。
この戦いで織田信長の天下統一の勢いが増しました。
桶狭間の戦場跡は心霊スポットらしいという話で以前訪れてみました。
さっさくどんなことが起きたのか、本当に怖いのか記してみたいと思います。
桶狭間古戦場跡は愛知県名古屋市と豊明市にある
名古屋市緑区
桶狭間の戦場跡は二つあります。
一つは名古屋市緑区の桶狭間にあり、名鉄名古屋本線の有松駅から徒歩で約20分、バスで約10分のところにあります。
地名がそのまま残っているとはすごいですね。
地名の看板を見ただけでぎょっとしました。
名古屋市の方は綺麗な公園として整備されており、楽しみながら桶狭間の戦いを学ぶことができます。
豊明市
二つ目は豊明市にあります。
最寄り駅は名鉄名古屋本線の中京競馬場前駅です。
駅から歩いてすぐのところに桶狭間の古戦場跡がありました。
こちらはゆっくりと休憩できるベンチが置かれており、閑散としていました。
豊明市と緑区桶狭間の古戦場跡の共通点と相違点
二つの古戦場跡の共通点は、どちらも今川義元が最後に過ごした木があること、そして墓があることですね。
緑区の方は明るくて、観光者向けの楽しいところでした。
しかし、豊明市の方はおどろおどろしい雰囲気を感じました。
自分の感覚だと心霊スポットだと語られているところは豊明市の方なのかなと思います。
古戦場跡が二つあることに驚きましたが、もしかしたら名古屋市と豊明市をまたいでいたのかなとか想像しました。
豊明市の桶狭間古戦場跡の怖い話
お化け地蔵とは?
豊明市の古戦場跡の近くには大きな寺と複数の地蔵がずらっと並んでいました。
なぜ地蔵が建てられたのかというと、桶狭間の古戦場で亡くなった武士の幽霊が出たからとのこと。
その後、地蔵を建てたら幽霊の目撃情報が落ち着いたそうです。
幽霊400年生存説
桶狭間は心霊スポットだと言われていますが、私はとある説をネットで見てからあまり怖いことはないだろうと考えて、今川義元の墓や地蔵に近づきました。
どんな説かというと、幽霊は400年間生きることができるらしいと。
とある古戦場跡では20年前から戦国時代の武士の幽霊が見られなくなったとか、今見られている幽霊は戦国時代より後の幽霊などの話からそのような説があるそうです。
桶狭間だと結構昔だよな、多分400年くらい経っているよねということでずんずんと足を進めました。
桶狭間の古戦場跡から帰った後、体に起きた異変
私が訪れたのは夏の真昼間、おどろおどろしい雰囲気を豊明市の方で感じましたが特に怖いことはありませんでした。
なんだ楽勝じゃないか、やはり幽霊は消滅しているのかなとその時の私は楽観視していました。
しかし、とんでもないことが起きていたことを帰宅後に気づきます。
それは体の一部に赤くうっすらとした線ができていたのです。
まるで刀の傷で切られたような線でした。
訪れた当時はとても暑く、汗をかいていたのであせもかと思いましたがそれにしてはまったくかゆみがありませんでした。
その傷は数日後には消えていたので深刻な問題に至らずに済めてよかったです。
桶狭間古戦場まつり
さて、豊明市をぶらぶらと歩いていると6月のはじめあたりに桶狭間古戦場まつりが行われていることを知りました。
今川義元や桶狭間の戦いで亡くなった方たちを供養したり、実際の戦いを再現してみたりと様々なことをしているそうです。
令和になった今でも大切に当時の人々を供養するとは豊明市の優しさを感じました。
有松宿
名古屋市緑区の桶狭間古戦場跡からバスで有松駅の方に向かうと、素敵な古き良き街並みを見る事ができます。
これは東海道の有松宿です。
国の重要伝統的建造物群保存地区として大切にされています。
気になった方はぜひ、有松宿にも訪れてみてくださいませ!
まとめ
最後まで読んでいただき誠にありがとうございます。
桶狭間古戦場跡は歴史を学ぶにはとてもいいところだと思います。
また、愛知県には他にも歴史を学べる心霊スポットがあるので、ぜひこちらも訪れてみてください。
訪れる際は近隣住民の迷惑にならないよう気を付けましょう。